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内田樹と甲野義紀 時間の逆進性

 最近本を読んでいて、おーすごいと思ったのは、このお二方の本でほぼ同じ事が書かれていた事で、それがどういう事が書かれていたかと言うと、「時間の逆進性」という事だった。
 「時間の逆進性」という表記では無かったかも知れないが、要は、時間を逆向きに進める事らしい。
 時間は、過去から現在、そして未来へと進んでいくものと考えているけれども、このお二方の本ではそうではなく、未来から過去に向けて時間が流れていくという事が書かれていた。
 どういう事なのか、はっきりとは分からないのだけれど、内田樹の本では、レヴィナス(だったと思います)がそういう事を言っていたという事があって、例え話として、呼びかけに対する応答責任、の事が書かれていた。

 呼びかけに対する応答
 これは、何者か(神さまなど)に呼びかけられた時、それに対して「はい、私はここにいます」と応答する者の事が例えに出されていた。その何者かの呼びかけは、必ずしも人間に分かる「言葉」を用いてなされるのではなく、人間が聞いても意味が分からない何かでなされる。それに対して、それに応える事の出来る人間だけが「はい、ここにいます」と応える。
 この時、時間の経過を見ていくと、応答の後に、呼びかけが発生している。
 よく分からないので、もう一つ例を出しておくと、街中ですれ違いざまに誰かに魅かれる。それに気が付いて、ぱっと振り返る。その時、自分自身は、その人の全部を知っているわけではなく、殆ど何も知らない。見たのはその人の影だけだったか、もしくは気配だけだったか。それでも、何かがあって、ぱっと振り返る。もしかすると、人だとも認識していないかもしれない。そこから、振り返って確認する事で、「あ、あの人に魅かれたんだな」という事がわかる。
 というような事だと思う。それは、未来が既に到来していて、それが何故あるのかという事を時間を逆に進める事によって推理していく、辿って行く、という事らしい。
 これを、内田樹氏は、「遡及的に考える」とホームズの言葉で言っていた。

 それに対して、甲野義紀氏は、時間を逆に進めるという事を、身体を用いて表現していくわけだけど(違ったらすみません)
それが、相手の先をとるという事らしい。

 相手の先をとる
 これは、相手と対峙している時に、自分がその相手よりも時間的にカックンと、先に別次元に進む事で相手に後れを取らせる手法で、相手を自分の後手後手に進ませる事によって、自分を優位に立たせるという事らしい。
 それは単に、剣の振りが速いだとか、手裏剣が相手よりも速く飛ぶだとか、己の身体の運用スピードが相手よりも速いだという事では無くて(そういう事もあるだろうけれど)、重要なのは、相手に「あれ?」と思わせる事。
 相手の頭上に「?マーク」を出させることで、後れを生じさせて、次に何が出てくるのか、今この状況はどういう事なのか、という事を考えさせる一瞬の隙を作らせる。事によって、相手の動きが止まる。それは単に時間的に遅いという事だけでなく、全てが、後手後手に対応するようになる。これは、相手に遡及的に考えさせる事になる。
 甲野氏が言う、速さとは、単にスピードが速いという事に留まらず、相手に後れを取らせる。自分だけが、先にふいと進む。ような事なのじゃなかろうか。そいういうような事が、『不安定だから強い』に書いてあった。

 武道と、哲学のそれが、同じような事を導き出していた事が、なんというか、自分としては驚きだった。