動かないものの話
養老孟司さんの『身体巡礼』を読んだ。
延々死体と骨とお墓の話だった。
文章を書いている。
それはどこか供養に似ている気がした。
何かを成仏させるために書いている。
ずっと供養をし続けていて、
それが成仏した時に何かが変わる。
もしかしたらそれはもう既に成仏しているのかもしれない。
そんな気もする。
それでも供養は続けるだろう。
弔う。
それには、「おしまい」がないからだ。
だから、僕は同じような話を何度も何度も
書いてきたし、これからも書き続けるんだろうと思う。
他人から見たらなんでもないことが、
すごい経験だったりする。
後ろを振り返る。
まだあることを確認して
また前に進む。
その繰り返し。
振り返ることは、
思い出すことだ。
定期的に思い出す風景があって
それが僕にとっての原点であり、同時に到達点でもある。