夢千一夜 第二夜
こんな夢を見た。
庄太郎は風呂を沸かすことにした。
風呂といってもごく小さな、大人一人が膝を抱えてやっと入れるくらいの大きさで
浴室には窓も無かった。
古びたシャワーが申し訳程度に着いている。そんな風呂だった。
身体を洗う場所は風呂と同じくらいの広さで、壁面や鏡は長い間掃除されていないように思われた。
庄太郎がこの風呂を使い始めたのは、ちょうど一年ほど前だった。
その時は、浴槽も掃除されておらず、何度か入った後に違和感を覚てから
自分以外に掃除する者がいないのだと分かり、やっと掃除をしたのである。
それから約半年が過ぎた頃に、何か思う所があったのだろうか
壁面と鏡も研磨剤入りの洗剤を使ってゴシゴシと洗った。
庄太郎は無類の風呂好きである。
一日の間で風呂に入っている時間がもっとも満たされた気分になる
そんな人間だった。
風呂にしても、温泉にしても、その楽しみに欠かせないものが窓から望む風景であるが、
ここにはその窓が無かった。
すりガラスの扉が、何とか彼の気持ちを落ち着かせていたが、
もし扉までもが壁面と同様に壁然としたものであったら、彼はおそらく安心して風呂に入る事も出来なかっただろう。
ここの風呂は、沸かすと言うよりは、湯を張るタイプのものだった。
彼は、湯の温度をいい加減にしておいてから蛇口を捻り、10分ほど経ってから一度見に行き、
それでまだ湯の量が足りない事を確認して、その5分後に風呂に入る。
そんな習慣になっていた。
朝風呂を好んでいた彼は、今日はいつもより少し早めの明け方から湯を張りにかかった。
しかし、いつもとは異なる事が彼の身に起きた。
それまで、彼は風呂は一つしかないものと思っていたが、実は風呂の隣にもう一つ風呂がある事を知ったのだ。
彼は、そこにも湯を張る事にした。
すると、その隣もまた風呂だった。
その隣も、その隣も、風呂だったのだ。
しかも、すべて同じ作りなのだ。
彼は焦った。
こんなことをしている場合では無いと悟った。
彼はいつも追い立てられるように風呂に入っていた。
チャイムが鳴るまでには風呂から上がらなければならない、と決めていたからだ。
このまま、全ての風呂に湯を張り続けていては、間に合わない。
しかも、風呂の数は数知れず、どうも構造物内の殆どが風呂である可能性が出てきた。
庄太郎は、その構造物に一人きりでいたのだった。
そして、どの風呂にも窓は無かった。
さらに言うと、構造物そのものに窓が無かったのだ。
明治30年に建造されたそれは、海水の中を自由に行き来する事が出来ると言う
当時の人を驚かせたそれであり、
彼はその試験艦に乗っていたのだ。
彼は、それをやっと思い出したが、その時は既に遅く
艦は二度と海面に姿を洗わす事は無かった。