かもしれないブログ

月一更新です。

『浮雲』

有名な作品。

著者も、二葉亭四迷。超有名。

だけれど、読んだことは無かった。

以下若干のネタばれ有り。


題名が、何せ浮雲。ふわふわとした捉えどころの無い作品なのだろう、と思っていた。

著者に関しては、中学の時の国語の教師(担任でもあった)が、

「この人はねぇ、かなり捻くれた人で、小説家になると家族に言ったら、"何言ってんだい!くたばってしまえ"と言われて、それで、名前を二葉亭四迷にしたのだよ。」

という事を覚えている程度。

多分、国語の便覧でテストに出ますよ、と説明されたのだろうと思う。


読んでみると、雲は全然出てこない。

風景描写にも、雲は一切出てこない。

内海文三という青年が、かなりの堅物(というか、曲がったことが大嫌い)な奴で、友人の「本田」が口が上手く、上司に媚びている様子が気に入らない。

役所を首になっても、それは変わらず、たとえ上司であろうともやたら人に頭を下げる(ご機嫌取り)のは、まっぴら御免という性格。

この辺り、何か自分自身を見ているようで辛い。世の中には、そういう小さい事を気にしていては、成し遂げられない事もあるのだよ、とつい教え諭したくなる。

首になった後も、下宿先から出ず、ぐずぐずとしているのだけれど、首になった途端、家の奥さんから冷遇されるようになってしまう。

それまでは、娘の「お勢」を、嫁にどうか、なんて言って寄ってくるのに、首になった途端、お勢に向かって「あんな奴と口をきくんじゃないよ。やたらと関わっちゃいけないよ。」と言うのだった。

お勢は、新し物好きで、英語の勉強なんかもして、どこか人を上から目線でバシッバシッと言ってしまうような所があるんだけれど、それも若さ故っていう感じで陰湿ではなくて、カラッとした所がある。

お勢と文三は、もともとは仲が良かったのだけれど、お互い熱烈に愛し合ってます!という感じでは無くて、その二人の微妙な距離感がこの作品の清涼感につながっていると思う。

だけれど、文三が首になってしまって(それについてはお勢はあまりコメントが無い)、文三は色々疑心暗鬼になってしまう。本田とお勢が仲良くやっているのが気に食わなくなってきて、奥さんと本田が話しているのも凄く気になってしまう。

本田が、文三の為にひと肌脱いでやらんでもない、という態度に出た時、文三はすごく立腹して、もう友人でいるのは止めだ!絶交だ!となるんだけど、それだと、文三マスマス己の立場を弱くしてしまう。

文三、正論を言っていて、確かに間違っちゃいないし、潔いし、男らしい。人の機嫌を取ってまで出世して何の価値がある!という態度。そんなもの、俺は認めんぞ!なのに何故、世間は本田(本田は口が旨く、ご機嫌取りである)のような者を重宝するのか!と怒り心頭。

自分自身の中で色々議論を戦わせていくのだけれど、今の僕からしたら、

「確かに、世の中まっすぐだけでは通らないんだよ。そういう能力、人を丸め込む能力も(場合によっては一番)大切なのだよ。つまり、人を仲間に入れる能力。何かを成し遂げるためには、そういう人心掌握も大事だよ。」

と言ってやりたいところ。

それで、文三、本田に仕事の面倒を見てもらおうかどうか、どうにも決着が付かない。

そこで、お勢を頼る事にする。お勢に判断を委ねようとする。

(ここが、文三の弱い所!急所になって、第三者、しかも気になる女性に判断を仰う愚のは失敗のフラグ)

文三の抱える問題は、それまでもゴロゴロと文三の後ろを追いかけて来たのだけれど、お勢に相談を持ちかけようと決めた所で、ついに問題は文三に追いつき、押しつぶしてしまう。

結局、お勢とも喧嘩してしまって、とほほな感じになってしまう。

それで、物語は急展開を見せ…(るかどうかは読んでのお楽しみ)


この時代の小説にはよく英語が出てくる。英語と言うか、海外の言葉。

たとえば、こんな感じ

暫くしてから「まずともかくも」ト気を替えて、懐中して来た翻訳物を取り出して読み始めた。
 The ever difficult task of defining the distinctive characters and aims of English political parties threatens to become more formidable with the increasing influence of what has hitherto been called the Radical party.For over fifty years the paety …

この部分は、物語の内容とは直接関係しないような部分なのだけれど、お勢や文三が、会話の中で英語を使ってみたりもしている。

羅生門で、「下人のSentimentalisme」という部分に出会った時はかなり衝撃的だったけれど(何せ平安時代の話しなのに、Sentimentalismeだなんて)、浮雲のこの部分になると、

へーえ、そうですか、へーえ。と口をポカンと開けてしまうような感じ。

二葉亭四迷は、名前はふざけている様子、斜に構えている印象があるのだけれど、すごくすごく真面目な人だったらしい。19世紀のロシア文学に出会って、それにのめりこみ、ロシアドストエフスキーの『罪と罰』に衝撃を受けたりもしたらしい。

四迷は、己の小説の理想から見て、『浮雲』を失敗作だと判断していた。

文学の役割、使命、小説家の暮らしなどを真正面から捉えようとした為に、当時の文壇から煙たがられてしまう。

本人は、晩年仕事でロシアに行ったのだけれど、雪の中でウラジイミル太公という人の葬儀に参列した事がもとで肺炎、結核になってしまう。家族に遺言を書き、ロンドンから船に乗って日本に帰ろうとするが、ベンガル湾(インド・タイの辺り)で息を引き取る。



ロシア文学に出会った、二葉亭四迷



文庫のカバーにあった写真の中の著者は、

ひげをたくわえ、

ロシアの帽子をかぶっていた。